治療記録11 術後8日〜12日

こちらは子宮体癌ステージ2、卵巣癌ステージ1bの治療記録になります。
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【2018年10月24~28日 術後8~12日】

術後8~12日にできた事
・料理をする
・車で外出
・買い物
・お店でランチ(ただしソファ席)
・連続で30分歩く
・寝返りが打てるようになる
・浴室用の椅子に座れる

 

退院から一夜が明け、家でくつろげる幸せをかみしめました。
病院では個室に入院していましたが、それでも常に人の出入りがあり落ち着かなかったのです。
食事も自分の好きなタイミングで好きな器で取れるので、そろりそろりとですが、自分で用意して食べていました。

ただ、食後に消化のために腸が動くと傷が痛むので、お行儀が悪いのですが、食べてすぐはソファに横になったりしていました。
また、痛み止めもこのタイミングで効くように、食べ始めてすぐに飲むように調整していました。

 

退院2日後、術後9日目は、姉に運転してもらって近所のショッピングモールへ買い物に行きました。
急に寒くなったのに傷に触るので持っていたタイツなどが履けず、マタニティ用のタイツなどを購入。
縫い目が傷に当たらないのでとても重宝し、結局、これらは体調に合わせて2ヶ月ほど着用していました。
お店を見ながらゆっくりとですが、30分ほどは連続で歩けたでしょうか。
ベンチがあちこちにあるので、休みながらゆっくり買い物をしてまわりました。
半分ほど残してしまいましたが、ソファ席でランチもでき、満足。
また、この日から寝返りができるようになり、ようやく熟睡できました。

 

翌日は少し疲れが残ってしまったので、家でゆっくりしていました。
ネットショッピングなどをしていたのですが、まだ座って同じ姿勢を長時間保つのが難しく、ソファ、テーブル、ベッドを巡回しながら過ごしました。
こうなると、病院の介護用ベッドは便利ですね…

 

退院4日後、術後11日目。
夫の運転で、近所のモールへ買い物に。
やはり休み休みですが、前々日に来た時よりはしっかりと歩くことができ、用事を全て終わらせることができました。

 

退院5日後、術後12日目。
この日は、夫に車で1時間ほどのアウトレットモールへ連れていってもらいました。
お腹の傷にさわらないワンピースを数点購入。
ランチも食べる事ができました。
ただ、まだ人混みを歩くのが少し怖いので、混み始めたお昼過ぎには退散。
久しぶりの人混みと、ドライブに疲れて、帰宅後は2時間ほど横になってしまいました。
また、この日の夜から、シャワー時にお風呂用の高さ30cmほどの椅子に座れるようになりました。
これでゆっくりシャワーを浴びられるようになったので、嬉しかったです。

 

 

退院後、姉や夫に手伝ってもらいながら少しずつ行動範囲を広げていきました。
体力が追いつかないのがもどかしかったですが、やはり外出は気分転換になり、また歩く事でリハビリになったように思います。

食事量は以前の半分ほどしか食べられず、外食の1人前は完食できません。
それに比較して運動量が増えてきたので、退院後の1~2週間が一番体重の減りが顕著でした。
私の場合はこのタイミングが一番痩せて、入院前より6キロマイナス。
満腹まで食べてしまうと、傷も痛むので腹八分目を心がけていました。
維持できれば素敵だったのですが(笑)、この後少しずつ食べる量も復活していきます。

食事の支度は以前の倍ほどの時間はかかりましたが、気分転換になるので、なるべく手作りするようにしていました。
仕事柄かもしれませんが、料理できる事が嬉しく、結構きちんと作れていたように思います。 
ただ、千切りやみじん切りなど細かい作業が続くのは疲れてしまい、椅子に座りながら休み休み作業していました。

また、この頃はとにかく傷がまだ痛むので、洋服に苦労しました。
そんな中お世話になったのが、マタニティ用のタイツやレギンス。
特に3コインズのものはお値段の割にクオリティも良かったので、期間限定で使用するにはちょうど良かったです。
洋服はワンピース以外は着られず、あまり持っていなかった秋冬用を数点買い足しました。

 

 

 

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治療記録10 退院

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【2018年10月23日 術後7日・退院】

 

術後の経過が良く、予定より1日早く退院することができました!
ストレスのないように入院生活を送る工夫を凝らしましたが、それでもやっぱり家が良い!!
前の晩は興奮して眠れないくらい、退院を楽しみにしていました。

朝の検温などをし、朝食をとり、看護師さんから退院後の注意などを受けました。
リンパ節の一部を切除してしまったので、下半身がむくみやすくなるそうで、特にリンパ浮腫については注意が必要とのこと。
資料やビデオを見ながら、丁寧にケア方法などを教えていただきました。
夫がすでに迎えに来てくれていたので、一緒にお話を聞けたのも良かったです。
退院後の不調のメカニズムを理解してくれたので、かゆいところに手が届くように気遣ってもらえました。

次の外来診察は2週間後、約1ヶ月後から抗がん剤治療を始めるスケジュールです。
それまでは体調を整え、体力の回復に努めます。

先生や看護師さんに挨拶をし、お会計を済ませ、いよいよ退院です。
自宅は車で10分ほどなので楽ちん〜と思っていたのですが、ここで誤算が…
なんと、車の振動が傷に響くのです。
シートベルトが触るのも不快で、参りました。
持っていたクッションなどをあてて、ごまかしながら帰宅しました。

帰宅後、シャワーを浴びました。
浴槽へ入るのはあと2週間ほど我慢ですが、バスタブにアロマオイルを垂らして香りを楽しみながら、水圧の高い家のシャワーを浴びるのは最高に気持ちよかった!
生き返った気分になりました。

このあと、退院のお祝いにホテルのアフタヌーンティーへ出かけました。
実は今だから言えるのですが…
まだ少し熱があり車の振動も辛かったのですが、言うと連れて行ってもらえなくなるので黙ってました(笑)
横浜のホテルニューグランド。
老舗のホテルでこじんまりとしていますが、クラシカルで落ち着いている雰囲気が好きなのです。
久しぶりの美味しい熱々の紅茶に、美味しいお菓子。
半分も食べられませんでしたが、とっても満足しました。

ここにしたのには他にも理由があって…
ホテルのラウンジだと、だいたいソファー席がありますよね。
この時はまだ長時間の座位が保てず、少しだらしくなってしまうのですが、背もたれにテレっともたれながらではないとゆっくりできなかったのです。

そして、まだしばらくは長い距離は歩けないだろうと、母の旅行用の車椅子を借りておいたので、バリアフリーは得意なホテルの方が安心でした。
ホテルはサービスも万全なので、色々とリクエストもしやすいですしね。
しばらく人と会う時は、ホテルやソファー席のあるお店にしてもらっていました。

 

この日もう一つ楽しみにしていたのが、海!
ずっと狭い病室にいたので、広い景色が見たくて。
退院後に行きたいところを聞かれた時から、ここに来ようと決めていたのです。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、体の辛さや、いろいろな感情が浄化されるようで…


夫に車椅子を押してもらいながら、海辺を散歩し、秋薔薇の香りを嗅ぎ、生還できたんだな〜としみじみと感じ入ってました。

 

あまりにも気分が良くなって、帰宅後、家にあった材料で料理までしちゃいました。
あり合わせの材料で作った胡麻豚鍋ですが、やはり家の味はほっとします。
配膳や片付けは夫に手伝ってもらいながらでしたが、日常の生活の場所に戻ってきてこられた喜びを、改めて噛み締めました。

 

 

 

 

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治療記録9 術後4~6日

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【2018年10月20日 術後4日】

この日から、食事が常食になりました。
お粥がご飯になり、食欲も少し戻ってきました。
洗面やシャワーもスムーズに出来るようになり、この日から病棟だけではなく、院内を自由に行き来できるようになったので、お見舞いに来てくれた姉と一階にあるカフェまでお茶にも行けました。
腹圧がかかると傷に障るので、まだ椅子に長い時間座っているのは辛く短時間でしたが、良い気分転換になりました。

 

 

【2018年10月21日 術後5日】

この日は実家から、母がお見舞いに来てくれました。
手術の付き添いも願い出てくれていたのですが、長時間待たせる申し訳なさの方が私のストレスになってしまうと思い、遠慮してもらっていたのです。
電話では話していましたが、実際に顔を見て安心してくれたようです。
車で一緒に実家の犬も連れてきてくれていたので、外のロータリーまで行き、犬の顔も見られました。
犬はきょとんとしていましたが、癒されました〜

 


この日くらいから、だいぶ食欲が戻ってきました。
R病院の食事はこんな感じです。
見た目は寂しいですが、なかなか美味しいんですよ。
R病院に前回入院した時よりも色々と改善されたようで、熱々をいただけるようになっていました。
私も栄養士として病院給食に携わったことがありますが、衛生管理や予算など、厳しい制約の中で美味しく提供してくださることに、本当に頭が下がります。
もちろん、家やレストランで食べるのとは違いますから、健康な人が見ると乏しい感じがしてしまうかもしれません。
でも、必死に体調回復を頑張っている時期には、一皿一皿に意味があり、とても美味しく感じます。
さらに元気になってくると、売店やカフェに行く楽しみもできますしね。

 

【2018年10月21日 術後5日】

この日は、趣味の草野球で怪我をしてしまった夫が、外来で整形外科に来ることに。
暇なので、付き添ってみました。
妻が入院してる時に、、、と夫は落ち込んでいましたが、大事にならずに良かったです。
ただ、まだ座っている姿勢が保てず、外来の待合室と病室を30分ごとに行き来していました。

午後からは、シャワーを浴びたり映画を観たりして部屋でゆっくりしていました。

夕方になり、N先生が病室に来てくれました。
1日に1度は、チームの先生と交代で顔を出してくれるのです。
雑談していると「元気そうだから、診断しちゃおっかー。病理検査の結果も出たし。」とおっしゃるではないですか!

慌てて先生について、病棟にある診察室について行きました。

内診をし、傷に貼ってあったテープを剥がして傷の状態を診てもらいます。
「傷も綺麗だし、下からの出血もないし。元気に歩き回ってるみたいだし(笑)、明日退院する??」と言ってもらえ、びっくりしました。
もちろん、「退院したいです!」と答えました。

その後、病理検査の結果を詳しく聞きました。

・卵巣、子宮、それぞれが原発の癌
・卵巣癌としてはステージ1b期
・子宮は頸部にわずかに浸潤があったため、子宮体癌ステージ2期にあたる
・大網には病巣なし
・腹水にも癌細胞は見られなかった
・リンパ節にも転移なし
・類内膜腺がんG1という比較的おとなしい癌細胞だったので、抗がん剤に反応しやすい

そして、手術で目に見える癌細胞は取りきれたが、顕微鏡レベルの癌細胞を叩くために、抗がん剤治療をすると言われました。
ただし、術前に予想していたよりも状態が良かった(ステージ3より低い、1bと2期だった)ので、抗がん剤治療も6クールから4クールに減り、放射線照射などの治療は行わないとのこと。

これを聞いた時、優勝は逃したけれど、頑張って準優勝は手に入れた!くらいの嬉しい気持ちになりました。
抗がん剤治療がない方が良かったけれど、最初に聞いていたよりもステージが下がったので短くなり、かつ、抗がん剤がよく効くタイプの癌だったからです。

「頑張ったね」と先生に言ってもらえて、この病気になって初めて涙が出ました。
と同時に、頑張ってくれたのは先生、家族、友人達、応援してくれた生徒さん達だと思い、改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

ここでふと、メモを取っていないことが気になり始めました。
退院前診断は明日の予定だったで、突然で慌ててしまって、何も持たずに来てしまったのです。
先生はお話ししながらPCに記録をしていきます。
以前にもそれをプリントしてもらったことがあったので、メモを取れなかったので今の内容をプリントしてもらえないかお願いしました。
「じゃあ、後で病室に持ってくね〜」と言ってもらえ、安心して病室に戻りました。

病室に戻って興奮気味に家族に連絡していると、1時間ほどしてN先生がやってきました。
てっきり看護師さんが持ってきてくれるかと思ったのですが、先生に渡されたプリントを見ると、手書きのイラスト図やメモなどが書いてあるではないですか!
病巣の図、それに細かくメモが書かれ、今後の抗がん剤の種類、考えられる副作用、そして病理診断書も添えてあります。
お忙しいのに…と本当に感激してしまいました。

後日、このことを看護師の友人に話したところ、やはり「考えられないくらい親切な先生だよ」と言われました。
病院のHPのN先生のプロフィール覧に「大切な友人や家族だと思って診療にあたっています」というコメントがあったのですが、本当に実践されているなんて…

病気が発覚した当初、R病院で診てもらった後に夫とセカンドオピニオンの話もしたのですが、N先生の印象があまりにも良くて、日本で癌に関してはトップと言われる病院にツテがあると言ってくれた夫の勧めを断ったのです。
この時の判断は間違いではなかった、と改めて思いました。

癌に関しては研究が進んでいて、治療方針もマニュアル化されているそうです。
私レベルの症状ですと、だいたいどこの病院で診てもらっても同じ治療をすることになると思うのですが、それなら一層のこと、担当の先生との相性が大切になってくるのかなと思います。
N先生だったからいつも前向きな気持ちでいられたし、辛い時も頑張れました。
これから始まる抗がん剤治療も、負けないで乗り切ろう!とそう思えました。

 

これから入院する方へ。
先生との相性はとても大切だと思います。
疑問や不安なことなどは、どんどん訴えてください。
どうしても払拭できない時は、担当の先生を変えてもらったり、病院を変えることもありだと思います。
実は、膝の怪我の時は、途中で担当の先生を変えてもらいました。
どの先生も一生懸命に治療にあたってくださっているとは思うのですが、人間なので相性はあります。
皆さんにも良いご縁がありますように。

 

 

 

 

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治療記録8 術後1~3日

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【2018年10月17日 術後1日】

辛かった夜が明け、少しずつ痛みのコントロールができるようになってきました。
術中に腹腔に溜まった体液を排出するドレーンの煩わしさ、寝返りが打てない辛さは依然あるものの、数種類の痛み止めを併用しながら、苦痛をコントロールしていきます。

食事はまだですが(食欲もないので特に欲しませんでしたが)、この日の朝8時から水分が摂れるようになりました。
輸液などの点滴は入っているのですが、乾燥しているので、口から水が飲めるとだいぶ乾きが癒されます。
そして、看護師さんに手伝ってもらいながら、ベッド上で歯磨きもできました。
体を拭いてもらい、着替えもし、すっきりすると元気も出てきます。

そして、ドレーンをつけたままですが、看護師さんに支えてもらいながら立つ練習もします。
傷が痛むので、本当にゆっくりとですが、これは割とあっさりとクリア。
前回の膝の手術の時も指摘されたのですが、私は痛みに強い(鈍い?)らしく、これが後々の回復におおいに役立つそうなんです。
日常の動作に近づけるほど、退院も早くなります。

夜から食事も出ました。
重湯、コーンスープ、りんごジュースの液体ばかりでしたが、このりんごジュースがしみじみ美味しかった!
冷たくて、甘くて、染み入るように喉を滑っていきました。
熱もあったので、冷たくてさっぱりしたフルーツジュースがとても美味しく感じました。
依然食欲はないので、ここから数日はジュースばかり飲んでいたように思います。

 

 

【2018年10月18日 術後2日】

前日から腸が動き出したので、この日は朝から五分粥の朝食が出ました。
でも、食べると膨満感が強く、疲れてしまってほとんど残してしまいました。
食べることが疲れるなんて…
昨日は「内臓取った次の日から食事できるなんて、人間ってすごいなー」と思っていたのですが、やはり体は相応にダメージを受けているものですね。
熱も下がらず、着替えても汗をかくので、看護師さんが氷枕を持ってきてくれました。
頭がひんやりして気持ちがよく、日中はほとんどうとうとしていたように思います。

午後、尿道カテーテルを外しました。
ナースコールで看護師さんを呼んで、起き上がるのを手伝ってもらわなくてはいけませんが、自分で歩いてトイレに行けるようになりました。
昨日までできなかったことが出来るようになる、こういった一つ一つが、気分の向上に繋がります。
歩けるようになったので、血栓予防で履いていた弾性ストッキングを脱いでも良くなりました。

 

 

【2018年10月19日 術後3日】

この日は、痛み止めの背中の管、ドレーンの管などを外しました。
外す時に少し痛みがありましたが、管まみれの苦痛に比べれば耐えられる痛みです。

ここから、色々と出来るようになりました。
シャワーがOKになり、一人で歩いてシャワー室へ行き、シャワーを浴びます。
少し気分が悪くなりましたが、ベッドで休むとすぐに復活しました。
髪を乾かし、パックなどをして、さっぱりしたので気分が上がります。

だいぶ元気が出てきたので、友人にメッセージを送ったり、PCで動画を見たりして過ごしました。
体が辛いと集中力がなく、ここまで携帯なども必要最低限しか触らなかったように記憶しています。
家族の面会でも、この日あたりからしっかりと話せるようになりました。

ただ、依然痛みがあって寝返りが打てず、腰痛が出始めます。
そのため熟睡ができず、夜は眠剤を飲んで寝ていました。
また、この日から血栓予防の注射が始まります。

 

***

 

振り返ってみると、手術後とても辛かったのはここまでかな、と思います。
峠を越えた、というような。
くしゃみなどをするとびっくりするくらい傷は痛みますが、一瞬なので耐えられます。
でも、花粉症の時期は辛いだろうな〜と思いました。

もともとR病院はスパルタなので、3日目あたりからどんどん体を動かすように言われます。
日本でも有数のスポーツ整形外科があり、リハビリプログラムには定評がある病院なので、なるべく筋力を落とさないようにすることが、体力回復、社会復帰への近道だと考えているのではないかな、と思います。
もちろん、個人差があるので、看護師さんや先生達がしっかりと様子を見ながら検討した上で進めていくので、不安や苦痛はありません。

この考え方が、あまりじっとしていられない私には合っていたようです。
病棟の廊下からは飛行機や電車が見えるので、よく散歩がてら見に行ったりしていました。
「野呂さんはいつ行っても病室にいない」と、先生達にも笑われるくらい病室から脱走していたのですが、このおかげで退院が早まったお話は次回でしますね。

 

これから入院する方へ。
術後、1~3日は着替えを看護師さんが手伝ってくれます。
特に1~2日は1人でベッドから降りるのは禁止されているので、着替えを出してもらうところからやってもらうことになります。
ですので、手術前にパジャマ・下着等を組み合わせて2~3セット作っておくと、下着を探してもらう気恥ずかしさがなく、看護師さんに取り出してもらいやすいですよ。
看護師の友人は「全然平気だよ!」と言ってくれるのですが、手を煩わせたくないという気持ちもありますし、気がついた時にやっておくと良いと思います。

ちなみに、家族に手伝ってもらうのも手ですが、傷を庇いながらの着替えに慣れていないので、お互いにストレスが溜まりそうです。
また、看護師さんも忙しいので、突然のタイミングで「着替えちゃおうか!」と言われたりもするので、準備だけは早めにしておくと良いかもしれません。

 

 

 

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治療記録7 手術

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【2018年10月16日手術】

 

手術当日。
看護師さんが朝6時の検温にやって来るまで、ぐっすり眠れました。
下剤の効果もあり、看護師さんに「優秀!」と褒めてもらえました♪

術後はしばらくベッドから起きられないので、気分転換を兼ねて院内のカフェで紅茶を飲むことに。
朝から食事は止まっていますが、午後の手術予定だったので、午前中だけは水やお茶などの水分が摂れます。

8時半、術衣に着替えると、点滴用のルート(針)確保にこの日の担当の先生がやってきました。
血管が出にくい体質のようですが、この日はサクッと終了。

9時、夫到着。
全身麻酔の手術になるので、原則家族の付き添いが必要です。
姉も来てくれ、おしゃべりしながら時間になるのを待ちました。

14時半、前の方の手術が少し長引いたため、予定より1時間ほど遅れて手術室へ。
歩いて移動しました。
手術室の前で夫と姉と別れ、3番の手術室に入りました。
3番は好きな番号なので、嬉しいなと思ったのを覚えています。

手術室に入ると、担当のN先生がいました。
すでにマスクなどを装着していたので目だけしか見えませんが、にっこり笑ってくださったので、落ち着いて挨拶ができました。
ベッドに登って横になると、スタッフの方全員で私の名前を復唱しながら確認します。
その後、「今日の手術の内容はなんですか?」と質問がありました。
このタイミングで聞かれると思っていなかったので少しびっくりしましたが、「両卵巣と子宮摘出、大網、リンパ節の一部の切除の手術です」と答えました。

そして、横向きになって膝を抱えるように言われ、腰に局部麻酔が打たれました。
硬膜外麻酔の管を入れるためです。
前日に麻酔科で実物を見せてもらいながら説明を受けていて、その管が針金よりも細いものだと理解していたので、それほど恐怖心はありませんでした。

その後「では、全身麻酔のお薬を入れますね〜」という声が聞こえて「はい」と返事をした後は、もう記憶がありません。

次に目を覚ました時に「終わりましたよ〜」の声が聞こえました。
と、同時に吐き気と胸の下あたりに痛みが…
「気分はどうですかー?」「きもちわるぃぃぃ」
「痛みはありますかー?」「ぃたいぃぃぃ」
と受け答えをした記憶があります。
その後「え?!痛い??まずいな」と少しざわついたような気がしたのですが、次に目が冷めた時はベッドごと病室に運ばれているようでした。
この時には吐き気はあるものの、痛みはあまり感じませんでした。

病室に戻ると、興奮気味の夫と心配そうな姉の顔が見えました。
看護師さんが酸素マスクなどの設置をテキパキとしてる中、夫がテンション高めに「君の代わりにお昼にカツ丼を食べておいたから!」と言ってる声が聞こえ、今それどころじゃないっと腹が立ったのを覚えてます(笑)

後から聞いたのですが、術後麻酔から覚めた後、痛みがあって麻酔が効いていないようだったので、もう一度眠らせ、血圧などが安定するまで手術室で様子を見ていたそうです。
出血も多く、輸血するかぎりぎりだったようで、予定より手術時間が長引いてしまいました。
4~5時間の予定が6時間半ほどかかってしまい、夫と姉はかなり心配したそうです。
それだからあのテンションだったのかーと、後から知って心配かけたことを申し訳なく思いました。

少しすると、N先生が手術着のままニコニコしながらやって来てくれました。
「手術うまくいったよ!播種もなかったから安心してね!!」と話しかけてくれたのですが、気持ちが悪くて悪くて…
N先生が様子を察して「ご家族には別なお部屋でお話ししますね」と言って、3人で出て行ってしまいました。
私も聞きたい!と思ったのですが、この時はまだ少しぼーっとしていて…
先生が言った「播種」の意味もわからず、気持ちわるーいとしか考えられませんでした。

少しして、夫と姉が戻って来て簡単に説明してくれました。

・癌細胞は目に見えるものは全て綺麗に取り切れたこと
・子宮、卵巣以外に癌細胞は見当たらず、転移はしていなかったこと
・播種もなく、腹水なども簡易検査の結果綺麗だったこと
・播種とは、病巣から癌細胞がこぼれてしまい、他に広がってしまうことだそうで、これがなかったことはすごく良い結果だということ
・詳しい結果は、取った細胞を検査し一週間後にわかること

などを教えてくれました。
この時は疲れていたのと、気持ちが悪いのとであまり内容が頭に入らなかったのですが、N先生や夫達の様子から良い結果だったのだなということは分かりました。

この時点で23時くらいになっていたと思います。
姉と夫は帰り、長い夜が始まりました。

そうなんです。
とにかくこの夜が辛くて辛くて…

酸素マスクをしているのですが、これが煩わしく、かえって呼吸がしづらくて。
呼吸はできているので外していいか聞いたのですが、酸素不足になると頭痛がしてしまったりするそうで、あえなく却下。。。
熱があったようで、体もすごく暑く、何度も看護師さんにエアコンの温度を下げてもらいました。
そして、一番辛かったのが枕がないこと。
全身麻酔の後は一晩ほど頭を低くしておかなくてはいけないらしく、枕がない状態で寝なくてはいけないのです。
頚椎ヘルニアの私にはこれが辛かった!
首が痛くなるし、気持ち悪いし、傷も痛むし…
明け方までほとんど眠れず、眠くなる痛み止めの薬を入れてもらって、ようやく少し眠ることができました。

 

これから手術を受ける方へ。
手術後、ICUやナースステーションの隣室などに入る病院も多いようですが、私は自分の病室に戻りました。
いずれにせよ、看護師さんは何度も様子を見にきてくれます。
遠慮せず、苦痛は全て言ってみてください。
痛み止めなど間隔をあけなくては使えないこともありますが、薬の種類を変えるなど、最大限苦痛を取り払う努力をしてくれます。

この日の看護師さんが本当に優しく、時にはきっぱりと接してくれ、体は辛かったですが精神的には不安なく過ごすことができました。

 

 

 

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