イタリア料理日記 ラツィオ州 1

ラツィオ州にもちょっとだけ立ち寄りました。

日本でもTVなどで取り上げられた街、チヴィタ ディ バニョレージョ。
火山噴火から作られた凝灰岩(トゥーフォ)で形成された土地は経年風化を受けやすく、
また、中世は敵から身を守る鉄壁の城砦となった形状が仇となり、現代では住みにくい街となってしまいました。
その為住民が減り続け、現在は数世帯を残すのみ。
「死に行く街」というフレーズで語られることもあります。
でも、私はこのフレーズはあまり好きではありません。
生活のスタイルは変わっても、
この土地と街を愛して生活を継承している人達が少ないとはいえ現在もいるからです。
500年以上続くオリーブ農家の方達とお話する機会がありました。

今回ここへ立ち寄ったのは、このオリーブ農家の方達が作った自家製ワインのモストを飲む為。
モストとは新酒のワインを仕込むために絞った、ぶどう果汁です。
果汁とはいえ絞ると発酵が進んでいくので、
いただいた5日目のものはアルコール感も感じられるワイン数歩手前といったところ。
日本のどぶろくのような雑味と旨みが混然となったような味わいは、
美味しいワインになるだろうことを感じさせてくれます。
ヴィーノ ノベッロ(新酒ワイン)にはタイミングが合いませんでしたが、
この時期にしか味わえない貴重な体験をしました。
イタリアの「食」に対する文化やこだわりを間近に見ると、
伝統やしきたりといった枠に囚わられることなく、
ただ生活に必要なことを脈々と続けてきたというシンプルな発想に行き着くことがあります。
もちろん、近代化や様々な社会的要因で変化してしまったものもありますが、
多くのイタリア人の根底にある、生まれた土地を愛し、その土地で生まれたものを愛するという強い郷土愛が、イタリアの食文化を支えてきたように思います。
今回は都会的な街から小さな街まで様々な場所を訪れましたが、
どこへ行ってもこの片鱗をうかがわせるような物を見て、食べることができました。
イタリアの食べ物が力強いと感じるのは、「風土」という言葉が食べ物に携わる人間にしっかりと根付いているからだということを実感したように思います。
同じく食に携わる者として、とても意義のある体験ができました。
*****
というわけで、今回の料理研修はこれまで。
昨夜、ローマから日本へ戻りました。
【おまけ】



シャトルバスの乗り継ぎで立ち寄った、羽田空港のトイレにあったTVモニター。
個室ごとに1つずつ付いています(確認済み)。
時差ぼけよりも、こういうギャップにしばらくクラクラしちゃうんですよねぇ

イタリア料理日記 ラツィオ州 1” への2件のコメント

  1. おかえりなさい!
    とっても有意義な旅をまたしてきたみたいですね~
    ブログを楽しみに読ませてもらいました。
    イタリア料理に対する日本人の、いえ、
    私のようなフツーの人のパスタ料理の固定イメージを
    くつがえすようなお料理ばかり。
    伝統的なものにしても、まだまだ知らないものばかり。
    イタリア料理も奥が深いですね~
    これからLa mimosaさんがどんなお料理に変身させて
    くれるのか楽しみです♪

  2. プチ・シューさま
    ただいま!
    充電完了しました!!
    見たもの、感じたこと、食べたもの。
    きちんと消化して、進化できたらいいナ
    落ち着いたらメールしますね。

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